生活基準値はここに出る

おはようございます、

入山彰介の弟子チームです。

 

「生活がだらしない」

 

そんなふうに印象をもたれて

しまったら、

 

同性異性に限らず

モテることはありません。

 

モテるモテないの話

だけだとまだいいのですが、

 

だらしないという評価は

出世、昇進、顧客獲得など

 

仕事面においてもネガティブな

影響を及ぼします。

 

相手のだらしないところを

見ていると

 

「嫌悪」という感情が

湧いてくるものです。

 

服装が乱れていたり

寝癖がついていたり

 

遅刻や約束の時間に遅れたり

人から借りたものを返さなかったり。

 

だらしなさには、

 

外見的なもの内面的なもの

とありますが

 

いずれも

 

他人のだらしなさを

目の当たりにすると

嫌悪感を覚えます。

 

きちんとしている人なら

なおさらのことです。

 

もっとも第一線で活躍される

一流と呼ばれる人は

 

見た目はもちろんのこと

 

「こうあるべき」

 

と正しくない物事を

許さないように、

 

失敗、不正、例外などを

許容しない厳格な姿勢を

意識しています。

 

「こうあるべき」

「当然である」

「当たり前のこと」

 

という基準値が一般人よりも

高いのです。

 

明確に基準を持っていて

その高さを自己プロデュース

しています。

 

もしあなたが

一流の仲間入りを望んでいる

のだとしたら、

 

「基準値」をあなた基準に

合わせるのではなく

 

一流と同じような基準に

徐々に上げていかなければ

なりません。

 

すなわち、

 

一流と呼ばれている人は

一般大衆と比べると、

 

生活基準が高く

基準に対して厳格です。

 

生活水準ではなく

生活基準です。

 

水準はお金で解決できますが

基準は日々の習慣です。

 

厳格といえば

ぼくは祖父が思い浮かびます。

 

あまり記憶にはないのですが

 

言葉遣い、親子関係、食事、

仕事、プライベートに至るまで

 

所作や態度に厳格だったと

聞いたことがあります。

 

戦争も経験しているので

上下関係、組織の規律など

なおさらのことでしょうか。

 

祖父の基準値に合わない

所作や態度を取ると、、

 

父はよく殴られたそうです。

 

「明治生まれの男は厳格」

 

総じてそんなイメージがあります。

 

「厳格」の対義語は

「寛容・寛大」です。

 

そんな厳格な祖父から

教育を受けた父は反面教師なのか

 

ぼくは生まれた時から

「厳格」というよりも

 

「寛容」や「寛大」

という環境で育ってきた

 

と言った方が近いです。

 

厳格が

蒙古タンメン中本の北極のように

辛いとしたら、

 

寛容や寛大は

HARBSのミルクレープの甘さ

 

ほどの違いがあります。

 

ちなみに、

「寛容」や「寛大」の意味は、

 

規律からの多少の逸脱は

認める姿勢です。

 

簡単にいうと

 

「少しぐらいはいいだろう」

「大目に見てあげよう」

 

です。

 

少しぐらいはいいだろう

という寛容な逸脱が積み重なり

歯止めが効かなくなって

 

「だらしない」

 

を生み出すような気がします。

 

先ほども申し上げたのですが、

 

自分が当然としている生活基準よりも

低い基準の人を目の当たりにすると

 

だらしなく感じます。

 

そして、

だらしなさには「嫌悪感」を覚えます。

 

「嫌悪」の感情の対義語は「信頼」です。

(※プルチックの感情の輪より)

 

つまりここで、

 

【だらしない=信頼できない】

 

という方程式が成り立ちます。

 

自分よりも

生活基準が低い人は

信用できない

 

ことになります。

 

大事なことなので

もう一度言いますが、

 

生活基準とは習慣のことです。

 

コーチ、コンサル、セラピスト

など人に教育するお仕事をしている

人ならなおさら、

 

生活基準、すなわち

毎日の習慣がクライアント様よりも

基準が低かったら

 

「信用されない」

 

のです。

 

これはとても致命的です。

 

なので、

 

信頼を失わないためにも

読者のあなたにはぜひ知って

いただきたいと思います。

 

ここまで振り返ると

 

「寛容」少しぐらいいいだろう

 ↓

「生活基準」こだわる習慣がない

 ↓

「習慣」生活基準値が低い

 ↓

「だらしない」と思われる

 ↓

「嫌悪」という感情になる

 ↓

「信頼」されない

 

です。

 

すべては「寛容」から

始まっているのですが、

 

最終的には「信頼」を失う

ことになりかねません。

 

でも、

 

あるポイントさえ抑えれば

生活基準がしっかりしている人

 

と思われるようになります。

ちなみに、

 

生活基準が顕著に現れる

部分があるのですが

 

ある部分とはなにか

ご存じですか?

 

誰でもあるを見れば、

 

「生活習慣レベル」

 

をチェックすることができます。

 

きちんとしているも

だらしなくしているも

 

一朝一夕でできるものではなく

 

習慣の積み重ねによる

日々の習慣の集大成が

滲みでたものです。

 

そのある部分とは、、、

 

ブランド品で着飾った服でもなく

高級時計、アクセサリーでもなく

お洒落なイケてる髪型でもなく

 

・・・・

・・・・

・・・・



生まれたままの状態の

 

『裸の姿』

 

です。

 

ツヤツヤな髪の毛も

スベスベなキレイな肌も

血色の良い爪先も

程よく筋肉のついた体型も

 

すべては、

 

食事、睡眠、運動、呼吸

 

の習慣です。

 

毎日毎日、

 

どんな食べ物を食べて

良質な睡眠を意識し

 

適切な運動をして

呼吸を整え精神を安定させているか。

 

一朝一夕では

できないものなので、

 

見た目で判断することができ

見た目で判断されることになります。

 

清潔感があり爽やかな印象は、

 

「信頼につながる」

 

理由になります。

 

見た目を装飾で着飾る

ことはできますが、

 

地の部分は隠すことが

出来ないので

 

日々の習慣が大切になります。

 

見た目、オーラ、印象

 

だらしないと思われないように

心がけていきたいですね。

 

だらしないは、

信用を失います。

 

見た目の習慣を今日から

1つでもいいので取り入れてみてください。

 

PS:

 

ちなみにぼくは生活習慣は

肌に現れてしまうことが多いので、

コンビニ弁当、添加物のものを

極力避けるようにするなど

日々の食べ物はもちろんのこと

 

お風呂やサウナで汗をかく

お風呂上がりは化粧水をぬる

抗酸化作用のある食材を食べる

飲料水はアルカリか水素水

半年に1回は歯石を取りに歯医者

 

などの習慣を取り入れています。

 

見た目って思った以上に

重要ですよ!

 

ではまた!

 

最後まで読んでいただき

ありがとうございました。



入山彰介の弟子チーム

 

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